困るのだドキンちゃん、とものかげから現れたばいきんまんは、代わりはいくらでもあるけどもったいないじゃないか、と自分の死体をむしゃむしゃと平らげながらボヤきました。なぜ食べてしまうかというと証拠隠滅のためでもありますし、死んでいるばいきんまんと生きているばいきんまんが両方いるとややこしいからです。同一性の原理では同じ場所に複数の存在が占めることはできず、ひとつの存在は同時に異なる場所に並存することはできませんし、ましてや同時に生者と死者であることができるのはゾンビと呼ばれて、ばいきんまんより怖い存在とされます。
ドキンちゃんはモニターに何を観たのでしょうか?それは前回の通りですが、その方向に話が進むと肝心のアンパンマンに話題が向かわなくなります。朝いちばんのしょくぱんまん号でしょくぱんまんさまが拾った女の子とカーセックスにふけっているのは珍しいことではありませんでしたし、ドキンちゃんほど嫉妬で手を血に染めてきたヒロインはめったにないでしょう。その若さは若い女性の血で手を染めて保たれているのかもしれません。
それはそれとして、ばいきんまんはさっさと死体を血のしみひとつ残さず平らげると、これからばいきんUFOでパン工場に向かわねばならないのだ、と宣言しました。どうしてよ!?とドキンちゃん。ドキンちゃんは語尾に常に!?、がつかないしゃべり方以外できないのです。それはこういうことなのだ、とばいきんまんはアンパンマンの寝室を映しました。ジャーン。
寝室はからっぽでした。何よ!?とドキンちゃん、こんなの観せて何だっていうのよ!?おかしいと思わないかドキンちゃん、とばいきんまん、これはアンパンマンの寝室だが、普通個室は寝室以外にも、用途を足すだけの設備があるものだ。今さらながら気づいたが、この寝室には書き物机もなければ簡単な本棚も洋服箪笥もない。CDラジカセもなければパソコンもテレビもない。窓には一応カーテンがかかっているが、それだけだ。壁紙は灰色の無地で、絵なんて洒落たものもなければカレンダーすらかかっていないではないか。
そうねえ!?とドキンちゃん、ベッドしかないわ、でもそれが何なのよ!?
わからん、とばいきんまんは首をひねりました。ただ、アンパンマンはオレさまが思っていたよりも幸福ではないらしいのは確かだ。ひょっとするとあいつは、虐待に近い扱いを受けているのではなかろうか?
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魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(54)
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