バタコさんは咥えていたアンパンマンの突起から顔を上げると、頬を上気させたまま唇の端から垂れた液汁を手の甲でぬぐい、舌先でチュルっと吸い込みました。バタコさんが唇を離した後もまだアンパンマンの突起は硬く突き立ち、うっすらと、やや水っぽくなった液汁を先端から滲ませていました。そして先ほどからの一部始終をパン焼き場の天井のかた隅からうかがう監視カメラがあり、遠く離れたばいきん城のダイニングルームでは、ばいきんまんとドキンちゃんが巨大な液晶モニターを観ながら固まっていました。はーいお持ちしましたよ、ホラホラホラー、とホラーマンが台所から朝食のワゴンを押してきました。今朝の当番はドキンちゃんだったのです。ホラーマンは勝手に野宿していることもありましたから、そういう時にドキンちゃんが当番ならばいきんまんがやることになり、つまりはなはだ不本意ながらも、頻度ではばいきんまんが朝食の係をすることがいちばん多かったのでした。
観た?とドキンちゃん。観た、とばいきんまん。何よあれ?わからん、観たことだけしか、とばいきんまん。しょくぱんまんさままであんな風になっちゃうの?そうみたいだナ、とばいきんまんは抑揚のない返事を返しましたが、内心の動揺は隠せませんでした。なになにどうしたんですう、とホラーマン、何かすごいものでも観ちゃったんですかあ?
監視カメラはまだパン焼き場の光景を写しつづけていました。ばいきんまんの設置した監視カメラが24時間稼働しているのをジャムおじさんたちもみんな気づいていましたが、写されて恥ずかしいような秘密は何もない、という自負が半分、盗撮されているという快感が半分なので放置しているのです。ジャムおじさんがバタコさんのお尻をむき出しにしてバタコや、犬におなりと事におよんでいる光景などもばっちり盗撮されていましたが、これなど盗撮されていなければ快楽半減というものです。
ハッとアンパンマンはわれに返りました。今頭に乗っているのはひと晩たった普段通りのあんパン、バタコさんに揉みしだかれながら液汁を吸われていたのはあんパン代わりにジャムおじさんが作った新作の乳頭です。まるで自分のことのように錯覚していたのは気が早すぎるというものです。それなのに頭ぜんたいがじいんじいんと痺れたような、気だるいような、ひと仕事終えたようなボーッとした感じになっているのは、どういうことでしょうか。
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魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(8)
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