Eric Dolphy - Outward Bound (New Jazz, 1960) Full Album : https://youtu.be/LshyazvNxd0
Recorded 1 April 1960, Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ
Released 1960, New Jazz NJLP 8236
All songs by Eric Dolphy unless otherwise indicated.
(Side A)
A1. G.W. - 7:57
A2. On Green Dolphin Street (Bronislaw Kaper, Ned Washington) - 5:44
A3. Les - 5:12
(Side B)
B1. 245 - 6:49
B2. Glad To Be Unhappy (Richard Rodgers, Lorenz Hart) - 5:26
B3. Miss Toni (Charles "Majeed" Greenlee) - 5:40
[Personnel]
Eric Dolphy - flute(B2), bass clarinet(A2,B3), alto saxophone(A1,A3,B1)
Freddie Hubbard - trumpet
Jaki Byard - piano
George Tucker - bass
Roy Haynes - drums
ロサンゼルス出身のエリック・ドルフィー(1928～1964・アルトサックス、フルート、バスクラリネット)が1960年にニューヨーク進出できたのは、ロサンゼルスのジャズ界でドルフィーと並ぶ異色アルトサックス奏者だったオーネット・コールマン(1930～2015)がニューヨーク進出に成功し、またドルフィーが学生時代から親交があり50年代初頭にはニューヨークに進出していたバンドリーダー・ベーシストのチャールズ・ミンガス(1922～1979)の誘いもあってのことだった。ドルフィーはロサンゼルス時代にはチコ・ハミルトン・クインテットのメンバーで、オーネットのように自分のバンドで活動していたのではなく、ニューヨーク進出後もレコードは売れるがジャズクラブからは(音楽が難解という理由で)出演依頼がないミンガスのバンドだけでは生活できず、またドルフィー自身もミンガス・バンドだけではなく自分のアルバム制作を望んでいたし、マイルス・デイヴィスのバンドを独立したばかりのジョン・コルトレーンのバンドからも参加依頼があり、楽譜にも強くフルートとバスクラリネットも専任奏者並みにこなし、インプロヴァイザーとしてはオーソドックスなビバップとぶっ飛んだフリージャズの両極端を自在に行き来するプレイで器用貧乏のレッテルを貼られることになる。
記念すべきファースト・アルバムはプレスティッジ・レーベルとの契約第1弾として、他のアーティストのアルバムへのゲスト参加に先立って制作された。1960年4月1日録音だから、契約自体が60年4月づけで始まり、さっそく1日にセッションが組まれたということになる。プレスティッジは当時の他のインディーズでも良心的なブルー・ノートやリヴァーサイドのようにリハーサルやリテイク日を設けなかった。基本的に一日のセッション(3時間)でアルバム1枚を仕上げる方針で、しかも余分に録音できた場合後でアルバム分たまったらアウトテイク集にまとめる。この『アウトワード・バウンド(惑星)』セッションでは『G.W.』が12分のテイクと8分のテイクの2テイク録音されたが、この曲をアルバムのオープナーにしたいという意図からかろうじてリテイクを許可されたのだろう。オリジナルのフルート曲『エイプリル・フール』も録音されたがLP収録時間の都合で外され、未発表曲集『ヒア・アンド・ゼア』1966で日の目を見ることになる。
このアルバムの2曲のスタンダードはそれぞれバスクラリネット(『オン・グリーン・ドルフィン・ストリート』)とフルート(『グラッド・トゥ・ビー・アンハッピー』)のショーケースとなり評判を呼んだ。バスクラリネットがジャズでソロ楽器として使われたのはこれが初めてだった。ドルフィーのバスクラリネットの使用法は決して楽器の特性のみに頼ったものではなく、ほとんど肉声に近いニュアンスでサウンドを操っているのがドルフィー独自の発想になっている。テナー奏者ではローランド・カーク(カークの場合はフルートも演奏する)、アルバート・アイラーなどが数年後には現れるが、この時点でドルフィーと近い発想を持っていたのはオーネット・コールマンのみで、オーネットとドルフィーの影響は61年11月の『ヴィレッジ・ヴァンガード』セッションからジョン・コルトレーンに現れるようになる。
バスクラリネットほど驚異的なインパクトを持たないため当時は軽く見られたが、前年(1959年)急逝したビリー・ホリデイの愛唱曲『グラッド・トゥ・ビー・アンハッピー』を切々と歌うフルート演奏もドルフィー以前のジャズ・フルートが達することができなかった情感に溢れていた。これもやはりドルフィー以後はローランド・カークほどの奏者でないとなしえなかったことで、ドルフィーは晩年までアルトサックス、バスクラリネット、フルートのそれぞれで豊かな表現力を高めていくことになる。
また、このアルバムのために集められたサイドマンたちの顔触れも最高で、チャーリー・パーカーとスタン・ゲッツのレギュラー・ドラマーだったロイ・ヘインズ、抜群にスウィングするベースのジョージ・タッカー、ブギウギからフリーまでジャズピアノの百科辞典的プレイヤーのジャッキー・バイヤードらヴェテランのリズム・セクションに、ハード・バップから出てより新しいスタイルに取り組んでいる若手トランペッターのフレディ・ハバードがドルフィーとともにフロントを勤めた。ドルフィーとハバードが共演した『アウトワード・バウンド』『フリー・ジャズ』『ブルースの真実』『アウト・トゥ・ランチ』の4枚はハバードにとっても生涯の傑作になっている。
このアルバムのドルフィーのオリジナル曲はどれも意味不明のタイトルがついていて、ビバップ流儀のミスティフィケーションに乗っ取っている。『G.W.』はロサンゼルスのジャズ界では知られたバンドリーダーのジェラルド・ウィルソンに献呈された曲、『レス』は親交のあったトロンボーン奏者のレスター・ロビンソンのことで、『245』はドルフィーの家の番地で誰もそんなことはわからない。『エイプリル・フール』は比較的素直で、4月1日録音セッションということからつけられた曲名になり、由来を聞けば案外単純だったりする。要するに仲間うちにしかわからないのだが、このファースト・アルバムではドルフィーはタイトルなんかどうでもいい、という態度をとっている。ただしドルフィーがずっとそうだったかというとそんなことはなくて、晩年のドルフィーが起死回生をかけて制作したが結局遺作となった『アウト・トゥ・ランチ』では曲ごとに意味のあるタイトルをつけている。もっともプレスティッジ(ニュー・ジャズ)はタイトルまで勝手につけてしまう会社だし、『アウト・トゥ・ランチ』は丁寧な制作で定評あるブルー・ノートからの作品だったので実際のところはわからない。
31歳、遅咲きの新人とはいえ『アウトワード・バウンド』はファースト・アルバムとしては最高の出来を示した作品だった。コルトレーンやオーネットでもファースト・アルバムは瑞々しい力作だったが、『アウトワード・バウンド』ほど最初から完成されたスタイルと可能性の広さを感じさせる成熟度には達していなかった。60年と翌61年だけでもドルフィーは30枚を超えるゲスト参加を依頼されるプレイヤーになるが、62年から急逝する64年6月まではチャールズ・ミンガスからの臨時雇いしか仕事がなくなってしまう。63年に制作したアルバム2枚分の録音も悪質なプロダクションに握りつぶされて、プレスティッジに録音してまだ未発表だったアルバム7枚分ともどもドルフィーの没後発表になった『アウト・トゥ・ランチ』(偶然そうなったのはブルー・ノートの意図ではなかった)の大評判に乗じて生前の未発表録音が乱発されることになり、皮肉なことに急逝と未発表アルバムのリリース・ラッシュのおかげでようやくドルフィーは一流ジャズマンと見做されるようになった。しかしそれはアメリカ本国の話で、『アウトワード・バウンド』ですでにヨーロッパと日本ではドルフィーは新進プレイヤーでもトップクラスと認められていたから、没後のアメリカでのドルフィーへの本格的評価はむしろ意外にすら受け取られたのだった。