上田柳村(1874~1916)は本名の上田敏の方が通りが良く、訳詩集『海潮音』1905、評伝『詩聖ダンテ』1901、長編小説『うずまき』1910などが代表的な業績になるが、現代では評伝は歴史的文献を出ず、小説は明治文壇の楽屋裏という素材的興味以上の価値はなく、名高い『海潮音』も和歌・長歌の文脈で西洋詩を移植したにすぎず、文学の未来につながるようなものはなかった。だが没後出版社で未定稿の創作詩、訳詩を収めた『牧羊神』1919は評価未定着の詩人の選択、実験的な口語訳など『海潮音』の訳詩家からは一転したモダンな感覚を示しており、収録詩人は以下の通りで、堀口大学『月下の一群』にそのままつながる、プレ・モダニストたちのものになる。
【トリスタン・コルビエェル】1845-07-18~1875-03-01
【ジュウル・ラフォルグ】1860-08-16~1887-08-20
【モーリス・マアテルリンク】1862-08-29~1949-05-06
【エミイル・ヴェルハアレン】1855-03-21~1916-11-27
【フェルナン・グレエグ】1873-10-14~1960-01-05
【ポオル・フォオル】1872-02-01~1960-04-20
【ギイ・シャルル・クロオ】1842-10-01~1888-08-09
【レミ・ドゥ・グルモン】1858-04-04~1915-09-27
訳詩中最高の達成を示しているのがジュール・ラフォルグだろう。詩としては『お月様のなげきぶし』や『月光』、『月の出前の会話』『冬が来る』がより優れているのだが、今日は日曜日だから日曜の詩を2篇引きたい。
日曜
ハムレツト――そちに娘があるか。
ポロウニヤス――はい、御座りまする。
ハムレツト――あまり外へ出すなよ。腹のあるのは結構だが、そちの娘の腹に何か出來ると大變だからな。
しとしとと、無意味に雨が降る、雨が降る、
雨が降るぞや、川面(かはづら)に、羊の番の小娘(こむすめ)よ……
どんたくの休日(やすみ)のけしき川に浮び、
上(かみ)にも下(しも)にも、どこみても、艀(はしけ)も小船(こぶね)も出て居ない。
夕がたのつとめの鐘が市(まち)で鳴る。
人氣(ひとけ)の絶えたかしっぷち、薄ら寂しい河岸(かし)っぷち。
いづこの塾の女生徒か(おお、いたはしや)
大抵はもう、冬支度(ふゆじたく)
、マフを抱(かゝ)へて有(も)つてるに、
唯ひとり、毛の襟卷もマフも無く
鼠の服でしよんぼりと足を引摺(ひきず)るいぢらしさ。
おやおや、列を離れたぞ、變だな。
それ驅出(かけだ)した、これ、これ、ど、ど、どうしたんだ。
身を投げた、身を投げた。大變、大變、
ああ船が無い、しまつた、救助犬(きうじよいぬ)も居ないのか。
日が暮れる、向の揚場(あげば)
に火がついた。
悲しい悲しい火がついた。(尤もよくある書割(かきわり)さ!)
じめじめと川もびっしより濡れるほど
しとしとと、譯もなく、無意味の雨が降る、雨が降る。
☆
日曜日
日曜日には、ゆかりある
阿兒(ちきやうだい)の名誦(なよ)みあげて
珠數(じゆず)爪繰(つまぐ)るを常(つね)とする。
オルフェエよ、若きオルフェエ、
アルフェエ川の夕波に
轟きわたる踏歌(たふか)の聲……
パルシファル、パルシファル、
おほ禍(まが)つびの城壁(じやうへき)に
白妙(しろたへ)清き旗じるし……
プロメテエ、プロメテエ、
不信心者(ふしんじんしや)の百代(ひやくだい)が
口傳(くちづて)にする合言葉(あひことば)……
ナビュコドノソル皇帝は
金(きん)の時代の荒御魂(あらみたま)、
今なほこれらを領(りやう)するか……
さて、つぎに厄娃(えわ)の女(むすめ)たち、
われらと同じ運命の
乳に育つた姉妹(あねいもと)……
サロメ、サロメ、
戀のおほくが眠つてる
蘭麝(らんじや)に馨(かを)る石の唐櫃(からうど)……
オフェリイ姫はなつかしや、
この夏の夜(よ)に來たまはば
人雜(ひとまぜ)もせず語かたらはう……
サラムボオ、サラムボオ、
墓場の石にさしかゝる
清い暈(かさ)きた月あかり……
おほがらの后(きさき)メッサリイヌよ、
紗(しや)の薄衣(うすぎぬ)を掻(か)きなでて、
足音(あしおと)ぬすむ豹の媚(こび)……
おお、いたいけなサンドリヨン、
蟋蟀(こほろぎ)も來(こ)ぬ爐のそばで、
裂(き)れた靴下(くつした)縫つてゐる……
またポオル、ルジニイ、
殖民領(しよくみんりやう)の空のもと
さても似合(にあひ)の女夫雛(めをとびな)……
プシケエよ、ふはり、ふはりと
罪(つみ)の燐火(おにび)に燃えあがり、
消えはしまいか、氣にかかる……
【トリスタン・コルビエェル】1845-07-18~1875-03-01
【ジュウル・ラフォルグ】1860-08-16~1887-08-20
【モーリス・マアテルリンク】1862-08-29~1949-05-06
【エミイル・ヴェルハアレン】1855-03-21~1916-11-27
【フェルナン・グレエグ】1873-10-14~1960-01-05
【ポオル・フォオル】1872-02-01~1960-04-20
【ギイ・シャルル・クロオ】1842-10-01~1888-08-09
【レミ・ドゥ・グルモン】1858-04-04~1915-09-27
訳詩中最高の達成を示しているのがジュール・ラフォルグだろう。詩としては『お月様のなげきぶし』や『月光』、『月の出前の会話』『冬が来る』がより優れているのだが、今日は日曜日だから日曜の詩を2篇引きたい。
日曜
ハムレツト――そちに娘があるか。
ポロウニヤス――はい、御座りまする。
ハムレツト――あまり外へ出すなよ。腹のあるのは結構だが、そちの娘の腹に何か出來ると大變だからな。
しとしとと、無意味に雨が降る、雨が降る、
雨が降るぞや、川面(かはづら)に、羊の番の小娘(こむすめ)よ……
どんたくの休日(やすみ)のけしき川に浮び、
上(かみ)にも下(しも)にも、どこみても、艀(はしけ)も小船(こぶね)も出て居ない。
夕がたのつとめの鐘が市(まち)で鳴る。
人氣(ひとけ)の絶えたかしっぷち、薄ら寂しい河岸(かし)っぷち。
いづこの塾の女生徒か(おお、いたはしや)
大抵はもう、冬支度(ふゆじたく)
、マフを抱(かゝ)へて有(も)つてるに、
唯ひとり、毛の襟卷もマフも無く
鼠の服でしよんぼりと足を引摺(ひきず)るいぢらしさ。
おやおや、列を離れたぞ、變だな。
それ驅出(かけだ)した、これ、これ、ど、ど、どうしたんだ。
身を投げた、身を投げた。大變、大變、
ああ船が無い、しまつた、救助犬(きうじよいぬ)も居ないのか。
日が暮れる、向の揚場(あげば)
に火がついた。
悲しい悲しい火がついた。(尤もよくある書割(かきわり)さ!)
じめじめと川もびっしより濡れるほど
しとしとと、譯もなく、無意味の雨が降る、雨が降る。
☆
日曜日
日曜日には、ゆかりある
阿兒(ちきやうだい)の名誦(なよ)みあげて
珠數(じゆず)爪繰(つまぐ)るを常(つね)とする。
オルフェエよ、若きオルフェエ、
アルフェエ川の夕波に
轟きわたる踏歌(たふか)の聲……
パルシファル、パルシファル、
おほ禍(まが)つびの城壁(じやうへき)に
白妙(しろたへ)清き旗じるし……
プロメテエ、プロメテエ、
不信心者(ふしんじんしや)の百代(ひやくだい)が
口傳(くちづて)にする合言葉(あひことば)……
ナビュコドノソル皇帝は
金(きん)の時代の荒御魂(あらみたま)、
今なほこれらを領(りやう)するか……
さて、つぎに厄娃(えわ)の女(むすめ)たち、
われらと同じ運命の
乳に育つた姉妹(あねいもと)……
サロメ、サロメ、
戀のおほくが眠つてる
蘭麝(らんじや)に馨(かを)る石の唐櫃(からうど)……
オフェリイ姫はなつかしや、
この夏の夜(よ)に來たまはば
人雜(ひとまぜ)もせず語かたらはう……
サラムボオ、サラムボオ、
墓場の石にさしかゝる
清い暈(かさ)きた月あかり……
おほがらの后(きさき)メッサリイヌよ、
紗(しや)の薄衣(うすぎぬ)を掻(か)きなでて、
足音(あしおと)ぬすむ豹の媚(こび)……
おお、いたいけなサンドリヨン、
蟋蟀(こほろぎ)も來(こ)ぬ爐のそばで、
裂(き)れた靴下(くつした)縫つてゐる……
またポオル、ルジニイ、
殖民領(しよくみんりやう)の空のもと
さても似合(にあひ)の女夫雛(めをとびな)……
プシケエよ、ふはり、ふはりと
罪(つみ)の燐火(おにび)に燃えあがり、
消えはしまいか、氣にかかる……