Syd Barrett-"Barrett"U.K,Nov.1970(Full Album)
https://www.youtube.com/watch?v=zHRm6yWHyNk&feature=youtube_gdata_player
全曲シド・バレット作詞・作曲。
(Side A)
1.ベイビー・レモネード - "Baby Lemonade" - 4:06
2.ラヴ・ソング - "Love Song" - 2:59
3.ドミノ - "Dominoes" - 4:03
4.あたりまえ - "It Is Obvious" - 2:54
5.ラット - "Rats" - 2:54
6.メイシー - "Maisie" - 2:46
(Side B)
7.ジゴロおばさん - "Gigolo Aunt" - 5:42
8.腕をゆらゆら - "Waving My Arms in the Air" - 2:07
9.嘘はいわなかった - "I Never Lied to You" - 1:47
10.夢のお食事 - "Wined and Dined" - 2:53
11.ウルフパック - "Wolfpack" - 3:41
12.興奮した象 - "Effervescing Elephant" - 1:50
[Personnel]
Syd Barrett - guitars, lead and backing vocals
David Gilmour - production, bass guitar, organ (second organ on "It Is Obvious" and "Gigolo Aunt", "Wined and Dined"), drums ("Dominoes"), 12-string guitar
Richard Wright - piano, harmonium, Hammond organ
Vic Saywell - tuba
Jerry Shirley - drums and percussion
Willie Wilson - percussion
John Wilson - drums
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(シド・バレット、1970年)
1970年2月24日、シドはBBCの番組『The John Peel Show』のために5曲を録音し、3月14日にオン・エアされるが、その中には本作収録曲「ジゴロおばさん」「ベイビー・レモネード」「興奮した象」も含まれていた。この時の録音は1987年に『The Peel Sessions』というタイトルでCD化される。そして2月26日に本格的なレコーディングを開始。プロデュースは、ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアが中心となり、前作『帽子が笑う…不気味に』に参加したロジャー・ウォーターズは「もう誰もシドをプロデュースできない」と発言して、本作には関与しなかった。
レコーディングの途中の6月6日には、シドはデヴィッド・ギルモアとジェリー・シャーリーを従えて、ピンク・フロイド脱退後としては初めて公衆の前でライヴを行うが、4曲だけでステージを降りた。
ジャケット・デザインはヒプノシスが担当し、イギリス盤の初回盤は、ジャケットがエンボス仕様となっていた。本作は全英チャート・インを果たせなかった。本作はシドにとって最後のオリジナル・アルバムとなり、1974年発売の2枚組LP『何人をも近づけぬ男』は、前作『帽子が笑う…不気味に』(ここでは『気狂い帽子が笑っている』という邦題になっている)と本作を抱き合わせただけの内容で、以後も未発表音源集や、既発音源を流用したコンピレーション・アルバムしかリリースされていない。(ウィキペディア英語版・日本語版より)
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(『何人をも近づけぬ男』"Syd Barrett"2LPジャケット)
シド・バレットのソロ名義アルバムは、といっても『帽子が笑う…不気味に』『その名はバレット』、その2枚のアウトテイク集『オペル』、前記3枚にさらに19曲の未発表アウトテイクを補充したボックス・セット『クレイジー・ダイヤモンド』1993にBBC出演音源『ピール・セッションズ』1987、それに3曲増補した『ラジオ・ワン・セッションズ』2004、なんとデイヴ・ギルモア家で発見された未発表曲『ボブ・ディランズ・ブルース』をフィーチャーしたベスト盤『ぼくがいなくて寂しくないの~ベスト・オブ・シド・バレット』2001、これで全部になる。
ピンク・フロイドのセカンド・アルバム『神秘』の録音開始は68年1月のデイヴ・ギルモア加入からで、3月にはシドの脱退が新リーダーとなったロジャー・ウォーターズから勧告される。シド脱退後にアルバムは完成し6月に発表され、内容は確かにシドがリーダーだったフロイドとは別のバンドになっていた。
一方、『帽子が笑う…不気味に』の録音が68年5月~69年8月、『その名はバレット』は70年2月~7月録音だから、ピンク・フロイドは『モア』『ウマグマ』『原子心母』と発表し『おせっかい』の準備中、ともっとも多忙な時期(当時はノン・ストップのツアーの合間にレコーディングしていた)だった。シドはアンダーグラウンドのヒーローだったから実質的な馘首はピンク・フロイドにとってはマイナス・イメージになり、『帽子が笑う…不気味に』ではウォーターズとギルモア、『その名はバレット』ではギルモアとリック・ライトがプロデュースに当たったのは人間関係の確執からではないことをアピールしたかったのかもしれない。結果的にシドの後釜ギタリストになることになったギルモアが2枚ともプロデュースに名を連ねているのは義務感めいたものを感じるが、フロイドの他のメンバーより適度に距離があっただけちょうど良かったろうし、まったく未知のミュージシャンがプロデュースについてもシドの場合は難しかっただろう。
『ラジオ・ワン・セッションズ』の増補ライヴ3曲は71年2月録音で、それ以降2006年7月7日の逝去までシドには録音はないらしい。精神疾患は完全に慢性化し、留守番も付き添いなしの外出も不可能になっていた。ピンク・フロイドを馘首されたのもまったく演奏できなくなっていたからで、リード・ヴォーカルとリード・ギタリストだったにもかかわらずワン・ステージをコードひとつだけを延々かき鳴らし、自分が歌っていないのにも気づかないほどだったと伝えられる。デイヴ・ギルモアを入れてスタジオ録音はシド入りの五人、ライヴはシド抜きの四人でと開始されたのが『神秘』のレコーディングだったが、すぐにシドはバンド録音も不可能になっていたのが判明する。そこからフロイド栄光の歴史と、シドの悲惨な余生が始まる。
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(シド・バレット、1975年)
ギター弾き語り中心だった『帽子が笑う…不気味に』とは対照的に、『その名はバレット』はほぼ全曲がシドのヴォーカルとギターにリック・ライトのキーボード、デイヴ・ギルモアのベース、ジェリー・シャーリーのドラムスという固定したバンド・サウンドで、段違いに聴きやすい。曲も『ベイビー・レモネード』『ドミノ』『ジゴロおばさん』などサイケ・ポップの名曲が入っており、それほど印象の強くない曲も前作のようなリハーサルの断片を並べたようなとりとめのなさは感じさせないものになった。昔NHK-FMでサウンド・ストリートという帯番組があって、渋谷陽一DJが「あの人は今」特集で必ずかけていたのがこのアルバムの前記3曲のうちどれかで、2枚のソロ・アルバムでも『バレット』は特に傑作、と推奨していた。当時日本盤LPは廃盤で(80年代に再発売されるが)、輸入盤で入手しやすかったのが『帽子が笑う…不気味に』と『その名はバレット』をそのまま二枚組にした"Syd Barrett"こと『何人をも近づけぬ男』だった。
音楽誌の紹介やアルバム・ガイド本、音楽サイトなどでは、昔も今も『帽子が笑う…不気味に』の方が評価は高い。渋谷DJ評価は少数派になるだろうが、『その名はバレット』を下とする評価はバンド・サウンドにするためのプロデュースがシドの持ち味を抑制している、という点にある。だが『その名はバレット』を上とする評価では同じ点がむしろアルバムの長所になる。バンド・サウンドとシドの歌・ギターとの乖離がいびつな魅力になっているのだ。
シドのアルバム2作はどちらもシドのギター弾き語りに他の楽器をオーヴァーダビングしたもので、本人は正確なリズムキープはできないしする気もないからリズムは当然揺れまくる。『帽子が笑う…不気味に』では一部の曲のみベースとドラムスがダビングされたが、大半は弾き語りそのままかリード・ギター、オルガン程度のダビングで完成された。
だが『その名はバレット』ではシドの新曲がデモテープ段階から演奏もしっかりしていたのだろう。ウォーターズが手を引いたのはピンク・フロイドで手一杯だったからだろうが、ライトとギルモアはアルバム全編をバンド・サウンドで仕上げられると踏んだ。アルバム冒頭のEマイナーの無伴奏アルペジオのギター・イントロはシドではなくギルモアが弾いていると思われる。シドはバンドと一緒に演奏するのは無理だから、シドのギター弾き語り→サイド・ギター、オルガン、ベース、ドラムスのオーヴァーダブ→シドのリード・ギターのオーヴァーダブ→リミックスとオーヴァーダブ調整、という手順だったろう。結果、多重録音にありがちなリズムの揺ればかりか、シドが意識しないところで変則小節や変拍子が発生したが、それはシドの弾き語り録音の段階からあったものだから調整しきれなかった。
前作では回避されたが今回は正面から取り組んだプロデュースによる音楽的破綻が、『帽子が笑う…不気味に』にはない『その名はバレット』の面白さになっている。実際ラジオ用スタジオ・ライヴを聴くと、意外なくらい『帽子~』や『~バレット』より軽快でポップな歌と演奏が聴けて、『帽子~』よりも『~バレット』の方が当時のバレットの実像に近いのでは、と思えてくる。